健全な経済取引を実現するために(後編) #4
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海外におけるリスクの実態を解明する(後編)
前回から前編・後編の2回にわたり、海外におけるリスクの実態を解説しています。前回は前編として「人権デューデリジェンス」と「児童労働」に関する海外の取り組みを、国際機関などの報告書を引用しながら確認しました。
今回の後編でも同様に国際機関の発表資料などを参照しながら、「現代奴隷制度・人身取引」と「日本版DBS」を解説します。最後に日本企業の人権リスクに対する取り組みの現状を概観します。
3.現代奴隷制・人身取引
現代奴隷制は、主に強制労働や強制結婚の二つの要素で構成されています。脅迫や暴力、権力の乱用などによる強制により、本人が拒否・離脱することもできない形で搾取されている状態のことです。強制労働の定義は、「処罰の脅威によって強制され、また、自ら任意に申し出たものでない全ての労働」を指しています(1930年「強制労働に関する条約」 、第29号)。その実態から、人身取引とも呼ばれます。
人身取引においては、2000年、国際連合にて「人身取引議定書」*7が採択され、人身取引に立ち向かうための有効な対策を取ることを締約国に義務付けています。
ILOは、「2021年時点で世界で5千万人が『現代奴隷』として生活し、そのうち2800万人が強制労働を課せられ、2200万人が強制結婚の状態であり、前回2017年9月に発表した世界推計(2016年時点)と比べ、1千万人以上増加し、女性と子どもは依然として不均衡なほどぜい弱な状況に置かれている」と述べています(ILO新刊:「現代奴隷制の世界推計」*8、記者発表 2022年9月12日)。
続けて、「現代奴隷制の世界推計」では「現代奴隷制の終結に向けた大きな前進になるであろういくつかの推奨される行動を提案している」と記し、法的保護の強化として「法律と労働調査の改善・実施、国家による強制労働の廃止、ビジネスとサプライチェーンにおける強制労働と人身取引の対策強化、社会的保護の拡大、結婚の法定年齢を例外なく18歳に引き上げる―など」を提唱しています。
さらに「移民労働者が直面する人身取引や強制労働リスクが増加していることへの対応、公正で倫理的な採用活動の推進、女性や少女、社会的弱者への支援強化」などが挙げられています。
*7:「人身取引議定書」外務省https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/treaty162_1.html
*8:強制労働と強制結婚についての報告書「現代奴隷制の世界推計((Global Estimates of Modern Slavery: Forced Labour and Forced Marriage )」、国際労働機関(ILO) 国際人権団体ウォーク・フリー 国際移住機関(IOM)、2022年9月
4.日本版DBS
DBS(Disclosure and Barring Service)とは、前歴開示および前歴者就業制限機構の略称で、2012年に英国で確立した制度です。子どもなどの安全確保を目的とし、雇用主に対して求職者の犯罪歴を知らせるため、前歴開示や「こどもや脆弱な大人と 接する仕事に就けない者のリスト」の作成を行っています。また、子どもに関わる職種の使用者においては、 被用者の犯歴照会を行うことが義務化されています。
英国のDBSの対象範囲は広く、子どもだけでなく、脆弱な大人(高齢者や病気または障害を有する成人)に関わる職業に就業を希望する人です。職種に関係なく職業として対象者に関わる人やボランティアによる活動で関わりを持つ人も規制の対象です。求職者に対しては、証明書の発行を行い、事業者に対して情報を通知します。企業は自社のリスク管理として、犯罪歴がある求職者の採用を防ぐことができます。
日本においても、英国で採用されているDBS制度を参考にしています。「日本版DBS」の取り組みとして、子どもと日常的に接する職種や役割に就く人を対象に、採用時の公的機関における照会により犯罪の前科など有無を証明する仕組みの構築を進めています。「こども政策の新たな推進体制に関する基本方針」*9を踏まえ、こども家庭庁成育局長が学識経験者や実務者などの参集を求めて、2023年(令和5年)6月 29 日から同年9月5日までの間に、合計5回の会議を開催されました。
*9:こども家庭庁「こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者会議」報告書(PDF/554KB)
5.日本企業の人権リスクに対する取り組みの現状
日本企業の人権に対する認識や取り組みは、国際社会において遅れを取っています。日本貿易振興機構(JETRO)は、対象企業(海外ビジネスに関心が高い日本企業本社、 9,377社)に人権DDの実施状況についてアンケート調査*10を行い、その結果を公表しました。
人権DDを「実施している」企業は、全体の10.6%にとどまるという結果でした。しかし、「実施していない」89.4%の企業のうち、「実施を予定・検討している」企業は43.2%に上りました。このことから企業の半数以上が、人権DDの必要性を感じていることは明らかです。
KYCコンサルティングは、海外の人権に対する取り組みを踏まえ、日本企業においても、グローバルスタンダードな視点を持った危機管理意識の醸成とリスク管理の拡充を推進していきます。
*10:「2022年度ジェトロ海外ビジネス調査 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」日本貿易振興機構(ジェトロ) 海外調査部( 2023年1月31日)survey.pdf (jetro.go.jp)