コンプライアンスが会社を潰す?コンプライアンス経営の重要性
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「水清ければ魚棲まず」、このような言葉があります。ビジネスの世界では混沌の中にこそビジネスチャンスがあるとも言われています。
私たちが一般的に「コンプライアンス」という言葉で想起するのは「法令順守」という意味ではないでしょうか。
コンプライアンス違反からの失地回復
例えば、法律や条例の順守はもとより、
- 社会的規範や企業倫理
- 社内規定
- 就業規則
など、幅広い規則を守るという意味で解釈するのが一般的です。代表的なコンプライアンス違反としては、
- 不正会計
- 製品偽装
- 衛生管理
- 情報管理
- 労働環境
- 反社会的勢力との関係
これらが守られなかったために不祥事や事件、事故、内部告発、行政からの指導などの事象を発生させます。この「法令順守」という解釈が果たして会社を永続させ、成長させていくためのものであるのかの考察を、実例を踏まえながら行ってみたいと思います。
業界ごとの一定程度の標準性はありますが、それぞれの企業にそれぞれのビジネスモデルや独特の商売の仕方があり、企業が存在する理由としての独自性は会社ごとに異なるものです。
今は消滅したとある企業の話です。
この会社は経営陣が大きな法令違反を行ったがゆえに社会から大きな指弾を受け、株価も急落、経営陣も一部退陣、取引先の離反、売上の減少、従業員の退職など、会社としての危機的な大きな打撃を受けました。当然、今まで会社の成長を下支えし、影日向なく働いてきた従業員にとっては不本意この上ないものです。
この会社を何とか立て直そうと残った経営陣や幹部社員は外部の力を借りることを決めました。外部の士業、コンサルタントなどの専門家を迎え検討会を開催し、
- なぜこのような大きな法令違反が発生したのかの原因追究
- 発生させた原因は会社の何が問題なのかの組織的問題の追究
- 立て直すための方策の立案
などの検討を進めました。検討会は複数回にわたり、期間も半年以上に及びました。規程や帳票類のチェックを皮切りに、経営陣をはじめヒアリングを受けた従業員は幹部社員から現場の社員まで、部門もほぼ全部門に及びました。取引先も協力しました。
その結果、導き出された検討会の結論は、その会社のそもそものビジネスモデル自体のコンプライアンス上の懸念に及ぶものであったのです。
ビジネスモデルにメスを入れるべきか
会社の屋台骨を支え、成長してきた理由はその会社が独自で編み出したビジネスモデルです。そのビジネスモデルにメスを入れることになるとは、経営陣も思いもよりませんでした。なぜならば、検討会が出した結論はビジネスモデル自体の大きな見直しを迫るものだったからです。
法令違反により社会から指弾を受け、社内でも嫌気がさして退職者が現れるなど、会社が弱体化していることを目の当たりにしていた経営陣は焦りました。早急に検討会の提言を受け入れ、組織の再編成から始まり、思い切った人材登用とリストラ、既存取引先の見直しと選別、従業員の教育、社外取締役や社外監査役の起用、内部通報窓口の設置など、よりコンプライアンスを厳守する経営へと舵を切ったのです。ビジネスモデル自体を大きく見直し、よりコンプライアンスを重視、ビジネスチャンスを多少失ってもコンプライアンスを最優先のビジネスの進め方を選択したのです。
それが会社を立て直す唯一の方策であり、会社を非難した社会への贖罪であったと確信したのです。
その時の経営陣の心境としては、社会からの指弾、批判を早急に「回避」し、取引先や従業員などのステークホルダーからの信用回復を第一の優先順位と考えました。会社が生まれ変われば新たなビジネスが生まれ、新たな人材も集まり、新たな取引先も増えるだろうとの思いもありました。その判断自体はその時点では正しかったのだと思います。しかしながら、その後の推移は経営陣の予想に大きく反したものでした。なんと会社は加速度的に衰退していったのでした。
コンプライアンスは企業に何をもたらすか
コンプライアンスは企業にとってマストなものです。コンプライアンスを積極的に経営に取り入れ、社内外のステークホルダーへその姿勢を示し、それを堅持し、社内全体の利益のために貢献することは極めて大切です。社会としても、市場としても、そのような企業を高く評価します。従業員のエンゲージメントの観点からも重要な指標です。
しかしながら、この会社の事例は何を意味するのでしょうか。コンプライアンスを重視した経営に大きく舵を切り、会社を再生させたがゆえに、会社の屋台骨を支えるビジネスモデルの骨幹を揺るがし、会社全体が不祥事以前よりも弱体化するという皮肉な結果をもたらしたのはなぜなのでしょうか。それはコンプライアンスという経営の最重要課題の意味を本質的に取り違えていたからにほかなりません。
コンプライアンスの本当の意味は?
コンプライアンスという言葉の語源は「順応、柔軟性」というニュアンスから発生しています。例えば「Road compliance」という言葉は、車や競技用自転車のタイヤやサスペンションの路面への「追従性」を意味する言葉です。千変万化の道路の路面状況にいかに柔軟に対応し、車の安定走行が得られるかの指標となっています。この意味からもう一度コンプライアンスの意味を考えてみると、先ほどの会社が採った施策はあながち間違いではなかったが、結果として間違った方法を選択したのではないかという疑問が生まれてきます。
ビジネスモデルの法令上の懸念点を根本的に見直すことは間違いではありません。しかしそれが会社を弱体化させることの原因になったのでは本末転倒の話になってしまうのです。
会社が現在置かれている危機的状況を客観的に観察し、法令上の懸念点を払拭することが会社を成長させてきたビジネスモデルを失うことに繋がったのでは結果としては間違った選択と言わざるを得ないのです。
あたかも路面の凹凸に闇雲に対応しすぎたがゆえに、車が安定して走行しなくなった本末転倒の結果です。
コンプライアンス経営を本質的に取り入れる
前述の会社は、金科玉条のようにコンプライアンスを謳い、築き上げてきたビジネスモデルを盲従的に否定するのではなく、社会の風潮や法令、行政の要請に対応し、今までのビジネスモデルの懸念点を解消する「柔軟性」こそが、この会社に最も欠けた視点だったと言えるのではないかと思います。
この会社の検討会が出した結論は決して間違いではありません。コンプライアンス重視の経営でビジネスモデルの懸念点を改善させようとした会社の決定も間違いではありません。
ただ悲しいことにコンプライアンスの意味を履き違え、本当の意味での「法令や社会の求めるもの」を捉えきれなかったことがこの会社の悲劇へと繋がったと解釈すべきだと思います。実はこのような例はどこの会社にも大なり小なり存在します。私が見てきた事例も枚挙に暇がありません。営業部門とコンプライアンス部門のせめぎあい、経営層と現場層の意識の乖離、うわべだけの組織改編や人材の入れ替え、魂の入っていない形式要件のみの制度整備、そのようなことは日常茶飯事でどこの会社にも見られるものです。
ただし、会社のかじ取りをする経営陣がコンプライアンスの本当の意味を知り、柔軟に経営に取り入れることを怠らなければこのような悲劇も発生しませんし、かえってコンプライアンスが会社や社会の利益に繋がるものとすることが出来るのです。まずは、コンプライアンスの本当の意味を知り、それを経営陣始め全組織へ浸透させ、その上で組織、ビジネスモデルのコンプライアンス上の懸念点を洗い出し、自社流に絶え間ない改善を重ねていくことが必要で、決して他社の真似をする必要もありませんし、マニュアル通りの要件定義を行う必要もありません。
もっとも恐れるべきことは、今まで何もなかったからと組織のリスクに蓋をし、今までの会社の成長を担ってきたビジネスモデルや会社の方向性を疑問視しない怠惰な姿勢です。これは経営陣のみならず、現場の社員にも同様に言えることだと思います。そして一朝事が発生したら目の前のハエを追い払うがごとく、あわてて会社再生の名のもと組織改革、コンプライアンスを錦の御旗にして、妄信的なコンプライアンス経営に突き進むのです。
本質的コンプライアンス経営の実現へ
会社の義務は会社を永続させ、今よりも成長させることです。会社が正しい社会参加を行うことで会社を取り巻くステークホルダー(取引先、自社従業員など)の相互利益を高めることがあるべき理想の姿です。コンプライアンスの重要性が従前にも増し、より声高に叫ばれる中だからこそ、もう一度冷静にその本当の意味を知ったうえで、積極的に経営に取り入れることを考える時期なのではないでしょうか。
「水清ければ魚棲まず」。混沌の中で必死にビジネスを模索することで会社が成長してきたこと、規程やマニュアルに書かれていない行間で、経営陣から現場の社員に至るまで懸命に努力してきたことを思い起こし、社会や行政から受け入れられる会社になることが、本当の意味でのコンプライアンス経営というのだと思います。